2019年 いだてん

大河ドラマ【いだてん】第1話「夜明け前」あらすじネタバレ

更新日:

いよいよ始まりましたね~!
2019年NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」。

33年ぶりの近代史大河ドラマということで、未知の扉を開けるような感覚!ワクワクします。
宮藤官九郎さん脚本というのもかなり楽しみです!

 

この記事では1月6日に放送された第1回のあらすじ(ネタバレ注意!)をまとめています。

 

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大河ドラマ「いだてん」基本情報


「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」

  • 放送予定:2019年1月6日より(全47回)
    ◆放送◆
    日曜日
    【総合】夜8時
    【BSプレミアム】午後6時
    【BS4K】午前9時
    ◆再放送◆
    土曜日
    【総合】午後1時5分
    日曜日
    【BS4K】午前8時
  • 作:宮藤官九郎
  • 音楽大友良英
  • 制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
  • プロデューサー:岡本伸三、吉岡和彦(プロモーション)
  • 演出井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根 仁

 

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「いだてん」第1回あらすじ(ネタバレ注意!)

それでは早速、記念すべき第1回のあらすじを紹介していきますね。

 

古今亭志ん生『富久』スタート

昭和34年(1959年)、落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)はタクシーで浅草の寄席を目指します。
隣に座っているのはマネージャーを務める娘の美津子(小泉今日子)

オリンピック招致を目指す東京は、各地で道路の建築工事が行われ交通渋滞が頻発。
そんなことはどこ吹く風と居眠りをする志ん生に対し、美津子は高座に遅れるのではと苛立ちます。

 

目を覚ました志ん生が窓の外に目をやると、足袋をはいた男が駆けていきます。

「『富久』の“たいこもち”じゃねえか?」

『富久』とは酒飲みのたいこもち・久蔵が、火事が起きた江戸の町を駆けまわる落語の噺。
ちなみに「たいこもち」とは、寄席で客の相手をしながら、座興で場を盛り上げる仕事をする者のことです。

なんとか寄席に間に合った志ん生は、高座で『富久』を熱演するのでした。

 

東京オリンピック招致直前のハプニング

その頃別の場所では、東京オリンピック招致に関わるある事件が起きていました。

2週間後ミュンヘンで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会。
そこで最後のスピーチをする予定だった外交官・北原秀雄が、外務省の運動会で転倒。
全治3か月の大怪我を負ってしまったのです。

 

この事態を受け東京都知事・東龍太郎(松重豊)は、日本オリンピック委員会(JOC)総務主事の田畑政治(阿部サダヲ)と、JOC常任委員の岩田幸彰(松坂桃李)を呼び寄せ対策を練ります。

「たかが運動会でオリンピックを棒に振ったらなくに泣けないぞ!」
焦る田畑でしたが、岩田は怪我をした北原からの伝言を伝えます。

それは、自分の代役にはNHKの解説委員である平沢和重(星野源)が適任だというものでした。

 

平沢は英語が堪能でありスピーチの達人。
ところが問題は、平沢が東京オリンピックの招致に反対を唱えているということでした。

田畑はそこに不安を覚えたものの、東がある事実を思い出したことで勝算があると直感するのでした。

 

オリンピック招致への勝利

そしてIOC総会当日を迎えます。

ミュンヘンの会場で東と平沢が登壇。
田畑は固唾をのんでその様子を見つめてます。

「ただいま登壇した平沢和重氏は、かの嘉納治五郎先生の最期をみとった人物です」・・・

東のこの発言に、各国の委員たちは身を乗り出して平沢に注目しました。

 

その後、平沢は流ちょうな英語でスピーチを始めます。
「(略)・・・IOC委員会の皆さま、今こそオリンピック大会を、この五輪の紋章に表された第五の大陸、アジアに導く時ではないでしょうか!」

会場は拍手と喝さいにわき、日本は見事勝利したのでした。

 

若き日の志ん生が語るオリンピック出場への道

昭和35年(1960年)、4年後に開かれる東京オリンピックの話題で日本中が盛り上がっています。

古今亭志ん生は、この日の高座でこんな噺をしました。

「私はこう見えて、ちょいとばかしオリンピックをかじったクチでして、あれは明治の終わりでしたな・・・・
浅草に十二階って、そのころ日本でいちばん高え建物がありまして・・・」

 

ーーー明治42年(1909年)、この十二階の辺りで貧乏暮らしをしていた若き日の志ん生、本名・美濃部孝蔵(森山未来)は、仲間である遊女の小梅(橋本愛)から、ちゃんとした仕事につけと尻をたたかれていました。

 

この日、孝蔵とも親しい人力車の車夫・清さん(峯田和伸)は、立派な髭を蓄えた紳士を車にのせます。
この男の名前は嘉納治五郎(役所広司)といい、世界でも有名な柔道の創始者。
向かった先はフランス大使館でした。

 

嘉納はフランス大使・ジェラールと面会。

スポーツと平和の祭典であるオリンピックを、欧米の祭りから世界規模の平和の祭典にしたい・・・
ついては、アジア諸国を代表して日本に参加してもらいたいというジェラールの提案でした。

 

当時の日本は日清戦争・日露戦争で大国相手に次々勝利。
まさにアジアの雄・・・神秘の国。

 

近代オリンピックの創始者ピエール・ド・クーベルタン男爵はジェラールにこういったといいます。

「日本を動かせる人物はだれなのか。
そのために極東の雄・日本でRight manを探してほしい」

Right man・・・
すなわち「適任者」として選ばれたのが嘉納治五郎だったのです。

クーベルタンは、日本の強さの秘密が柔道にあると考えていました。

 

理解されない近代スポーツの在り方

治五郎はジェラールの話に感銘を受けます。
そして自ら校長を務める東京高等師範学校へ戻ると、教授の永井道明(杉本哲太)と助教授の可児徳(かにいさお・古舘寛治)にオリンピックの話をします。

永井は西洋の「学校体育」を学ぶため文部省からスウェーデンに派遣され帰国したばかり。
また、前年にはロンドンオリンピックも観戦していました。

永井はその時の経験から、欧米人に比べて体格に遅れをとっている日本人がオリンピックに参加することは50年早いと一蹴します。

 

「天狗倶楽部」三島弥彦との出会い

諦められない治五郎は文部省に、「日本体育会」を母体として国費でオリンピックに参加したいと掛け合います。
しかし、文部省からも日本体育会からも断られてしまいます。

 

次に治五郎は可児を伴い、横浜正金銀行・副頭取の三島弥太郎(小澤征悦)邸でのパーティーに出席。
まずは大隈重信(平泉成)相手に、日本のオリンピック参加の意義を訴えます。

大隈は三島弥太郎に治五郎を紹介し、オリンピック参加資金の援助を頼もうとしますが、治五郎はすでに横浜正金銀行から借金をしていました。

 

そのとき突然、「危ない!」と三島邸の女中・シマ(杉咲花)が叫ぶ声が聞こえました。
すると、野球のボールを追った弥太郎の弟・弥彦(生田斗真)がものすごい勢いで走ってきます。

弥彦は可児にぶつかりながら、見事ボールをキャッチ!
弥彦は悪びれる様子もなく笑っています。

 

すると揃いのユニフォームを着た若者達が集まってきました。
この若者たちは「天狗倶楽部」というスポーツ同好会の面々。

作家の押川春浪(武井壮)、京浜電鉄の技師・中川臨川(近藤公園)、「早稲田のヤジ将軍」こと吉岡信敬(満島真之介)など、有名大学のトップエリートが名を連ねていたのです。

 

弥彦たちはビールをラッパ飲みして大騒ぎ。
治五郎がオリンピックを目指していると知ると、はしゃいで治五郎を胴上げ。
治五郎を辟易とさせるのでした。

 

夢を馳せ第一歩を踏み入れる

後日、三島弥太郎からは融資を正式に断るという連絡が入ります。

この事態を受け、仕方なく治五郎はオリンピック参加の辞退を伝えるため、再びフランス大使館を訪れます。

 

ジェラールは治五郎を迎え入れると間髪入れず、ストックホルムオリンピックのメインスタジアムの完成予想図とポスターの原案を見せます。
そのポスターには日本の旗もしっかりと描かれていたのです。

胸を打たれた治五郎は辞退するどころか、「日本を代表して、謹んでお受けします!」と断言してしまうのでした。

 

大日本体育協会の設立

明治43年(1910年)、こうしてアジア初のIOC委員となった治五郎のもとに、オリンピックの招待状が届きます。

治五郎は数々の競技会の短距離走で優勝している三島弥彦を呼び、オリンピック出場を勧め新たな団体を設立しようと決めます。

これに対し、永井と日本体育会会長の加納は猛反対。
しかし治五郎の意志は固く、
「平和のための真剣勝負!それがオリンピック精神であり、日本の武道の精神だ!」

日本には世界と戦えるレベルの選手はいないと加納が断言しても、治五郎は全く聞き入れません。
それどころか、
「おります!どこかに必ず!韋駄天(いだてん)が!」

そして団体名を「大日本体育協会(体協)」と名を改め、治五郎が初代会長となったのです。

 

体協を設立した治五郎は天狗倶楽部の面々と話し合い、オリンピック選手を選出する予選会(大運動会)を開くことを決めます。場所は、羽田にある京浜電鉄が所有する広大な土地にグランドを「羽田運動場」とすることに決定します。

「競技は、100メートル、200メートル、400メートル及び・・・マラソン!」

周囲の反対があったものの、治五郎はマラソンへの参加にはこだわっていました。
日本人の忍耐力はマラソン競技に合っていると考えていたのです。

とはいえ、もしこの予選会において世界レベルの選手が現れなかった時には、潔くオリンピックを辞退すると断言しました。

 

自宅を抵当に入れ借金をする

医者に止められていた酒を飲み、入院してしまった治五郎は、病室のベッドで借用書にサインしていました。

多額にかかる費用について、三島弥彦が兄に直談判して用意してくれると言っていたのものの断られ、治五郎は自宅を抵当に入れてさらなる借金を抱えることになってしまったのです。

治五郎は、「みんなを巻き込んでしまったよ・・・韋駄天などいない」と、弱気になります。

それを聞いた可児が差し出したのは、治五郎が夢に出てきたという優勝カップでした。
そして「韋駄天はいます!必ずいますよ!」といい、治五郎の背中を押すのでした。

 

未曽有の大運動会(予選会)開催

明治44年(1911年)11月19日、羽田運動場で未曽有の大運動会が幕を開けました。
完成した競技場は見事な出来栄えでした。

マラソンには全国の健脚19人が参加。
車夫の清さんも、「田せ早」というゼッケンをつけ早稲田の選手のフリをして紛れ込んでいました。

 

レースが始まると間もなく雨が降り出し、その雨はやがてどしゃ降りに。
予想以上に過酷なレースとなり落後者が続出、その数は13名を数えるまでになってしまいます。

この事態に主賓席にいた永井は治五郎を攻め立てます。
永井は当初から、25マイルという日本では異例の長距離を走らせることを危惧していたのです。

 

その時!
治五郎は豪雨の向こうから走ってくる人影を見ます。

急ぎ双眼鏡でのぞいた治五郎は、それがマラソン走者であることを確信し叫びます。
「韋駄天だ!」

韋駄天は足袋を履き、頭から血を流しながらゴール。
(実際には血ではなく、赤白帽子の染料が雨で流れ落ちたものでした・・・)

さらに記録にも驚愕!
2時間32分・・・世界記録を大きく更新していたのです!

 

彼こそがこのオリムピック噺の主人公・金栗四三(中村勘九郎)その人です!

 

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まとめ

2019年NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』第1回「夜明け前」のあらすじをまとめてきました。

ビートたけしさん演じる古今亭志ん生が語る「東京オリンピック招致」と、森山未来さん演じる若き日の志ん生が語る「日本が初めてオリンピックに出場した明治」・・・この2つの語りが重なり合って、時代背景を変えながら非常にテンポよく進んでいきます。

そこは宮藤官九郎さん脚本ですから!

キャラクターが非常に個性豊かに描かれているところもさすがです。
特に天狗倶楽部の面々は最高に面白いですね!
架空の人物として登場する峯田和伸さん演じる車夫の清さんも!

 

次回からは、主人公である金栗四三の物語に入ります。
まだまだ長~い知られざる日本のオリンピックの歴史・・・軽快なテンポで楽しく勉強できそうです^^

 

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