2019年 いだてん

【いだてん】第9回「さらばシベリア鉄道」17日間ストックホルムへの道のり

更新日:

視聴率の低迷が嘆かれている「いだてん」ですが、筆者は個人的に今まで感じたことのないワクワクを抱きながら日曜日を待ち望んでいます。

正直を申しますと幕末大好きな筆者としては、今回の「いだてん」は33年ぶりの近代史ということで期待半ばであったことは間違いありません。
しかし、いい意味で期待を裏切られている!!!

登場人物の描写と役者さんの演技力、時代考証、明治と昭和を行ったり来たり、まさに韋駄天のごとくあっという間に45分が過ぎていくスピード感(ここについていけない人が多いとのことですが)・・・

どれをとっても面白い!
記事を書いているから贔屓目に見てしまうのか・・・とも考えましたが、これほど待ち遠しい1週間というのはそうそうないなと・・・体感的に感じている次第です^^

 

さて、前回(第8回)、

いよいよ東京を出発したオリンピック選手団。
ー嘉納先生は置いてけぼりを食らってしまいましたが・・・

ストックホルムへの8200㎞、17日間を、四三たち選手団はどのように過ごしたのか・・・
長くて狭い道のりに感じるストレスはいかばかりか!

この記事では、『いだてん~東京オリムピック噺~』第9回「さらばシベリア鉄道」のあらすじをまとめています。
※ネタバレがありますのでご注意ください!

 

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大河ドラマ「いだてん」放送情報

 

「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」

第9回「さらばシベリア鉄道」3月3日放送

  • 放送:2019年1月6日より(全47回)
    ◆放送◆
    日曜日【総合】夜8時【BSプレミアム】午後6時【BS4K】午前9時
    ◆再放送◆
    土曜日【総合】午後1時5分日曜日【BS4K】午前8時
  • 作:宮藤官九郎
  • 音楽大友良英

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第9回「さらばシベリア鉄道」あらすじ(ネタバレ注意!)

 

オリンピックへ出発!嘉納先生は?!

明治45(1912)年5月16日、「敵は幾万」の合唱に見送られた金栗四三(中村勘九郎)三島弥彦(生田斗真)大森夫妻(竹野内豊、シャーロット・ケイト・フォックス)は、ストックホルムに向けて出発。

その旅程は距離にして8000㎞、17日間にわたる長旅が始まりました。

 

しかし四三は、嘉納治五郎(役所広司)が列車に乗っていないと知って動揺します。
そしてその理由を、大森に尋ねます。

「校長は官員(国家の役人)だろ。
国家の役人が長期海外出張をするのは色々と面倒でね」

 

どうやら文部省との間に行違いがあったようで、手続きが完了していなかったといいます。
そのため治五郎は、新橋駅で足止めされてしまったのでした。

列車に乗りこんだ可児(古舘寛治)は、治五郎の手続きが済み次第追いかけてくるといいます。
そして、船の出発地である福井県の敦賀(つるが)に着くまでは、可児が代わりに同行するとのことでした。

 

イチャつく大森夫妻を遠目に見ながら、弥彦がつぶやきます。
「あの二人だけじゃ、心もとない。
すっかりハネムーン気分だもんね」

 

 

「盲目旅行~国際オリンピック競技参加之記」

四三と弥彦は、すでに全国区の人気者となっていました。

大きな駅に停車するたびに応援の人々が詰めかけ、味噌や野菜といった贈り物を渡す人もいました。
この時、四三は生まれてはじめて「サイン」というものを書きました。

 

敦賀に向かう各地でこんなことがあったので、四三は気持ちが高ぶって寝つけませんでした。
そこで、四三はこれから始まる旅の記録を日記に付ける決意をしました。

誰も経験したことのない、暗中模索の旅の記録ということで、その日記はこう名付けられました。

「盲目旅行~国際オリンピック競技参加之記」

これは日本にたった一つしかない、貴重なオリンピック初参加の記録です。
とはいえ、揺れる汽車の中で書いた文字は、ほとんど読み取れないのですが・・・

 

いよいよ日本を出国!

「5月17日。
快便。
明け方、敦賀着。
快晴なり。」

翌日、一行は敦賀に到着しましたが、ついに治五郎は現れませんでした。
四三、弥彦、大森夫妻は可児に見送られ、敦賀港で船に乗り込み、ウラジオストクに向かいます。

 

「5月19日。
快便。
気温5度、極寒なり、
嘉納先生の姿、浦鹽(うらじお)にも無し」

二日かけてウラジオストクに着きましたが、シベリア鉄道に乗る段階になっても、治五郎は来ず四三は落胆しました。

 

「シベリア鉄道は二等車両、
大森婦人は隣の女子寝台なり」

案内された4人部屋、四三はその狭さに驚きます。
弥彦いわく「うちのより狭い」とのこと。

 

そこに、本来であればいるはずだった治五郎が間に合わなかったため、同室になった大柄な西洋人が入ってきました。

「望みは絶たれし
午後1時20分、
鐘の音三つ鳴り、
いよいよシベリア鉄道、
西へ向かって走り出す」

 

食事は自炊!シベリア鉄道の旅

シベリア鉄道の旅が始まりました。

食堂車に行こうとする弥彦と四三を引き留めた大森は、倹約のために食堂車を使わず自炊すると言い出しました。
料理の担当は安仁子です。
大森夫妻は牛肉や魚の缶詰とアルコールランプを持参していました。

さらに四三たちが道中に応援の人々からもらった 野菜や味噌もあったので、食事に関しては問題ないだろうということで話がまとまりました。

 

すると、同室の西洋人(ドイツ人)が尋ねます。
「君たちはシベリア鉄道でどこに行くんだ?」

四三たちが日本から来たオリンピック選手団だと知ると、大いに盛り上がったそのドイツ人は食堂車で飲もうと言い出し、大森は誘いに乗ってしまいます。

メニューを見てあまりの高さに4人。
大森は今日は記念すべき初日だから俺がおごるといいます。

 

ところが誘ったドイツ人の分もおごる羽目になり、大森は「明日からは自炊だ」と断言します。

 

食堂車で様々な国の人たちを見た四三は、これから世界を舞台に戦うことを実感するのでした。

 

「夜、大森監督の咳と
忌まわしきドイツ人の
鼾(いびき)が五月蠅(うるさ)くて眠れず」・・・

 

池部家のルール

夫の咳払いで目を覚ましたスヤ(綾瀬はるか)は、庭先に出ると義母の幾江(大竹しのぶ)がいることに驚きます。

幾江はスヤに池部家のルールを教えます。

朝は起きたら井戸から水を汲み、幾江が顔を洗うまで桶を持っていなくてはならないというものでした。

 

列車の旅は大変

朝食には早速、安仁子の作ったみそ汁が食卓に上っていました。
しかし、出汁(だし)が入っていない!
指摘する四三に、弥彦は料理は分からないが確かにまずいと返答。

大森は安仁子を気遣い「美味しい」と言い張ります。

その様子を見てうんざり顔の四三。

 

さらに、人前に出る時は正装をし、いかなる時でも紳士的な振舞いをしなくてはならない。
大森からの教えでした。

洗面所では弥彦が30分かけ身支度。

四三はすでに先が思いやられる気持ちでした。

 

満州・ハルピンにて

「5月20日、
満州・ハルピンに着く。
規模雄大なれど、不穏な空気が漂う」

ここは3年前の明治42年12月、初代内閣総理大臣・伊藤博文が暗殺された地です。
当時の満州では中国、ロシア、日本が覇権を争う不安定な状況でした。

 

四三と弥彦はいたん列車を降り、ハルピン市街に出てみました。
すると、武装したロシア兵に呼び止められます。

パスポートを見せると事は済んだが、その様子を離れた場所から中国兵も監視していました。

すっかり震えあがった二人は、

「さっさと用ば済まして戻りましょう」

兵士ににらまれながら、二人は絵葉書を買い求めようと歩き出した。

 

兄への手紙

スヤは、幾江の言いつけ通り、身支度を整えると洗面器をもって幾江を待ちます。
その時広げた新聞に、四三の記事を見つけました。

そこへ幾江がやってきます。

幾江が顔を洗おうとすると、庭先から大きな声が聞こえます。

「幾江さん!スヤさん!!」

勢いよく入ってきたのは、四三の兄・実次(中村獅童)でした。
四三から葉書が届いたことを喜び、報告しにきたのです。

 

「前略、シベリア鉄道の旅4日目、
列車はバイカル湖に沿って進む
シベリアの壮大なる景色に見惚れつつ退屈を忘れたり・・・」

葉書には、外国の地でも冷水浴を続けていることも書かれていました。

 

ストレスと戦う

「シベリア鉄道、5日目、
いよいよヨーロッパ領に入る

各自、訛った体をほぐす

それが済んだらもはや、
する事なし、
話題もなし」

 

古今亭志ん生の落語にのせ、車中の四三と弥彦の様子が語られます。

“人間ってのはどんなに仲が良くても、四六時中顔を合わせてるとギスギスしてくるものです・・・”

 

狭い列車の中で過ごす日々は、二人にとってかなりストレスとなっていきます。

 

いつになったら?嘉納先生…

その頃、治五郎はまだ日本におり、連日文部省の窓口で係員に詰め寄っていました。

「申請して一週間だぞ、何をモタモタしておる!
金も出さない!私も出さない!国辱役人め!」

「嘉納治五郎だぞ!私は!」

 

孝蔵、三遊亭朝太に!

治五郎が怒りを爆発させている頃、美濃部孝蔵(森山未来)はいつものように車を引き、円喬を寄席まで送っていました。
弟子だが車屋だか分からない関係になって、もう半年が過ぎていました。

 

円喬が尋ねます。
「美濃部君、君、飯は好きかい?」

「そりゃ師匠、飯食わなきゃ死んじまいます」・・・

 

「めしを食おうなんて了見じゃ、とてもだめだよ」

そう言うと円喬は、初めて孝蔵にわずかな給金を渡しました。

5厘・・・一銭の半分です。
当時、車を一日借りると五十銭。
その百分の一という少ない金額でした。

 

しかし、孝蔵がもらったのはお金だけではありませんでした。

「ちょうた、今日はお前さん、三遊亭朝太だよ。
私ん家知ってるかい。
あしたっから来な、車はいいからね、手ぶらで来な」

給金の入った袋には、高座名が書かれていました。

《三遊亭朝太》

 

昭和の古今亭志ん生は、弟子の五りんに語ります。

「つまり、噺家なんて水もんだ。
のうのうと暮らせると思うなと。
食うことなんか後回しにして、芸の苦労をしなきゃいけないって、その5厘が教えてくれたんだよ
ありがてえじゃねぇか」

五りんは、師匠が今でも大事にしているその時の5厘と高座名の書かれた封筒を見つめます。

 

そんなわけで、車が必要なくなった孝蔵は、車を返しに行きます。
清さん(峯田和伸)小梅(橋本愛)も、孝蔵がようやく弟子として認められたことを喜びます。

 

大森に不満を募らせる四三

「5月26日。
日本を出て、十日目。
全行程の
ちょうど、真ん中を過ぎる」

出発から10日が過ぎた5月26日、旅の疲れもあって大森と安仁子への不満を募らせた四三は、日記にこうつづりました。

「人には
気の合う人と
否とあり

いかに西洋人の真似したとて、
日本人は日本人なり。

なんぞ真の西洋人ならんや、
むしろ日本人の元気あるを示し、
特徴を示せよ」

大森の英語交じりのように話し方や、西洋風のふるまいが、四三には不愉快でした。

 

さらに、日本にいる可児と永井にも葉書を送っていました。

「世は西洋人が嫌いなり。
半かじりは尚嫌いなり。」

 

大森が監督となった理由

四三は大森に、なぜ監督を引き受けたのか尋ねてみました。

嘉納先生が任命したからには理由があるに違いない。
しかし、四三は大森について、アメリカで体育を学んだ人物ということしか知りませんでした。

「・・・僕はね、身体が弱かったんだよ」

大森はもともと、経営を学ぶために渡米したといいます。
ところが西洋人の肉体の強靭さに驚いた大森は、日本国民の体格体位向上に努めようとYMCAのトレーニングスクールに移りました。

バスケットボールもバレーボールも、大森がアメリカから持ち帰ったものです。

 

さらに大森は、安仁子との馴れ初めを話しだします。

安仁子はアメリカで画家をしていました。
大森は生活費稼ぎのために安仁子のギャラリーのハウスボーイとなったことで安仁子と出会ったのです。

大恋愛の末に安仁子を連れて帰国したのだと話す間、大森は何度も咳をしていました。

 

大森が監督に任命された理由

弥彦は、たびたびひどく咳込む大森の体調を案じていました。

弥彦の不安は的中していた。

その頃、日本では納得していない可児と永井に、治五郎は大森夫妻を今回の同行者にした理由を話し始めました。

 

実は、治五郎が大森に監督を任せたいと打診した後、大森は安仁子とともに治五郎を訪ね、肺を患っていることを打ち明けていました。

この機を逃せば4年後のオリンピックを見ることはかなわないだろうと言います。

安仁子は、選手には決して迷惑はかけないからと約束して大森のストックホルム行きを懇願しました。

 

さらに、治五郎は大森が書いた『オリンピック式陸上運動競技法』という論文を受け取ります。

そこには短距離走の練習法、フォーム、足の運びまでが詳細に記されており、治五郎はその熱意に動かされ大森に監督を任せ、安仁子を同行させることに決めたのでした。

 

四三、不安が爆発!

「5月28日、
大森氏の体調、
回復の兆しを見せず。

ついに、安仁子さんが
自炊の中止を申し出る。」

 

四三は弥彦に向かって不安をぶつけた。

「こぎゃんこつで大丈夫でしょうか」

「なにが?」

そう尋ねる弥彦に四三は声を荒げます。
「なんもかんもですよ!

監督もあぎゃんかふうで、嘉納先生もおらん。
三島さんだっておなごのケツばーっか追いかけて!
こぎゃん状態で俺たちは、日本スポーツの黎明の鐘になれっとですか!!

こぎゃんこつでオリンピックに出場してよかとですか!」

 

弥彦は四三を食堂車に誘い、今日は予算を気にせずに食べようと言う。

四三が車両内を見渡すと、二人以外は西洋人ばかりだった。

「考えても始まらん。
走るのは俺たちだよ・・・臆するな韋駄天、練習の成果、見せてやろうじゃないか」

「はい!」

そういって、練習してきた西洋式の料理に手を付けます。

「大したもんじゃないか、
西洋人にも負けとらん」

そういう弥彦に四三は、料理の味は分からないが、胃袋は喜んでいると笑顔を見せます。

二人はワインを飲み、互いに検討を誓い合いました。

 

ストックホルムに到着!


「翌日、ロシアの首都、
セントピーターズバーグに着く。

6月2日、
東京を発ち、17日目。
天気は日本晴れ。
快便。
我らが目的の地、
ストックホルムへ」

港に降り立った四三たちを、日本大使館の内田公使が出迎えます。
一行は馬車で市街地のホテルへと向かいました。

「何より驚いたのは、
子供から大人まで、
誰もがオリムピックを
知っていること

みな、一か月後の
開催を心待ちにしています」

 

ホテルに着いたのは夜8時過ぎでしたが、白夜で昼間のように明るいことに四三は驚きます。

二人のガイドに紹介されたのはダニエルという青年でした。
そして、四三はすぐに足袋を履き、弥彦とともにオリンピックスタジアムへ向かいます。

レンガ造りの巨大なスタジアムに二人は圧倒されます。

しかし、広大なトラックに足を踏み入れ、国旗を掲げるポールを見上げた四三は、闘志がみなぎらせるのでした。

「必ずやあのポールに、
日の丸をか挙げん
決意を新たにする」

 

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まとめ

普段、あれほど走っていた四三にとって、自由に身動きがとれない列車の中での17日間というのは、どれほど辛いものだったでしょう。

この第9話では、四三、弥彦、大森夫妻、それぞれがこの長旅にストレスを抱える様が伝わってきましたね。

さすがの四三君もブラック四三君に!
無理もない・・・
それほどまでに、窮屈で退屈な17日間だったんでしょうね。

しかも予算の都合で自炊とは!

 

初めて参加するということの大変さを、まざまざと感じた第9話でした。

 

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